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からすうりのはなとが
寺田寅彦随筆集 第三巻
寺田 寅彦
寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第三巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:からすうりの花と蛾、火山の名について、日常身辺の物理的諸問題、量的と質的と統計的と、物理学圏外の物理的現象、ロプ・ノールその他、青衣童女像、カメラをさげて、連句雑俎、ラジオ・モンタージュ、青磁のモンタージュ、読書の今昔、映画の世界像、「手首」の問題、映画雑感(Ⅰ)、生ける人形、映画芸術、音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」、俳諧の本質的概論、夏目漱石先生の追憶、田丸先生の追憶。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 213,804 字 · 425 页
しかしまたそれだから、大いに泣き、大いに怒りまた笑った顔となりうる潜在能をもった顔である。
それで、巧妙な音楽と人形使いの技術との適当なモンタージュによって、同一の顔がたちまちにして大いに笑い、たちまちにしてまた大いに泣くのである。こういう芸術を徳川時代の民間の卑賤な芸人どもはちゃんと心得ていたわけである。
生まれてはじめて見た人形芝居一夕のアドヴェンチュアのあとでのこれらの感想のくどくどしい言葉は、結局十歳の亀さんや、試写会における児童の端的で明晰なリマークに及ばざることはなはだ遠いようである。文楽や歌舞伎に精通した一部の読者の叱責あるいは微笑を買うであろうという、一種のうしろめたさを感じないわけにはゆかない。
自分が文楽を見たころにちょうどチャップリンが東京に来ていた。だれかきっとチャップリンを文楽へ案内するだろうと予期していたが、とうとう一度も見には行かなかったようである。この頭のいい映画監督は、この文楽の人形芸術のうちから、必ず何物かを拾いあげて自分の芸術に利用したのではなかったかと想像される。
もっとも、文楽をいくらかでも理解するためには、義太夫のわかるということが必要条件であって、義太夫を取り除いた文楽の人形芝居は意味を成さない。