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あひるとさる

寺田寅彦随筆集 第五巻

寺田 寅彦

寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第五巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:あひると猿、疑問と空想、映画と生理、映画雑感(Ⅲ)、映画雑感(Ⅳ)、災難雑考、三斜晶系、糸車、詩と官能、自由画稿、小浅間、小爆発二件、地図をながめて、天災と国防、日本人の自然観、破片、俳句の型式とその進化、俳句の精神、物売りの声、B教授の死。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,515 字 · 389 页

青空文庫

自分の席から二つ三つ前方の席に、向こうをむいて腰かけている老人の後ろ姿が見えていた。だいぶよれよれになった背広を着て、だん袋のようなズボンをはいているようであった。自分より前から来ていたが注文の品が手間どるので少しじりじりしているらしくなんとなく落ち着かない挙動がうしろから見ている自分の目についた。

向こう側の三人の爆笑とそれに続く沈静との週期的交代の観察に気を取られて、しばらく前方の老人の事を忘れていたが、突然、実に突然にその老人が卓上の呼び鈴をやけくそにたたきつけるけたたましい音に驚かされてそのほうに注意をよびもどされた。

老人は近づいて来た給仕を相手に妙に押しつぶしたような声で何か掛け合いをはじめている。「いったいこれはいくらじゃ、向こうのお客は五十銭払った。それだのにわしは七十銭じゃ。――いや、器はちがわん……」といったようなはなはだやるせのない苦情を言っているらしい。給仕頭と見える若い白服の男がやって来て小声で何か弁解している。老人はまた「ほかの客にはタオルを持って来るのに、わしには持って来んじゃないか」とも言っているようである。

これが二十年前のこういう種類の飲食店だと、店の男がもみ手をしながら、とにかく口の先で流麗に雄弁なわび言を言って、頭をぴょこぴょこ下げて、そうした給仕女をしかって見せる