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やまだちもんどう
山だち問答
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,163 字 · 32 页
つつましく会釈をして坐るのを見たとき、玄一郎はどこか見覚えのある顔だなと思った。
「もうお忘れかと存じますが」と、娘は眼を伏せたまま云った、「……わたくしなつと申しますが、今年の春の終り頃、昌光寺の山門で雨宿りを致しましたとき、お羽折を貸して頂いた者でございます」
「ああ思いだした」やっぱり見覚えがあった筈だと、玄一郎はわれ知らず声をあげた、「……そんなことがあった、すっかり忘れていたがひどい夕立のときだったな」
「さようでございます、あのときお羽折を拝借いたしまして、戻ってまいりましたら貴方さまはもうおいであそばさず、お所もお名前も存じあげませんので、お大切な品を今日までお返し申すこともかなわずまことに申し訳ございませんでした」
「そんなことは構わないでよかったのに」
「先日さるお方に伺いました、ようやくこなたさまとわかりましたのでお礼にまいりました、まことにながいあいだ有難うございました」どうぞお納め下さいと云って、包みにした羽折を老婢のほうへ差出した。
「詰らぬ品をわざわざ却って迷惑だったろう」玄一郎はなにやら明るい気持を感じながらそう云った、「……なにも無いがあちらで茶でも服んでゆくがいい、かね、もてなしてやれ」