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やまのこんじゃく
山の今昔
木暮 理太郎
「山岳講座」1936(昭和11)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,554 字 · 42 页
勿論今日では祭神が決定しているが、是等は後に僧侶に依って奉祀されたものが多いと見てよろしかろう恐らく古代に於ては山其物を神と崇める原始思想と、山は神の聖座であるとする稍文化的思想とが併び存し、そして前者は原始民族の信仰で、後者は高天原民族の信仰であったのではあるまいか。『日本書紀』景行天皇の十八年秋七月の条に、
丁酉(四日)、八女県に到る、即ち前山を超えて、以南に栗崎を望む、詔して曰く、其山峰岫重畳して、且つ美麗しきこと甚し、若しくは神其山に在る乎。時に水沼県主猿大海奏して言ふ、女神あり、名を八女津媛と曰ふ、常に山中に居る。故に八女国の名此に由りて起る也。
という記事がある。八女は今の筑後国八女郡の地で、栗崎は黒崎であろうという。これは地名を説明する伝説とも見られ、八女津媛は単に山中に住居した女酋長であったとしても、尋常と異った形貌を具えた山が神の坐す所と思われていたことは、峰岫重畳して美麗しきこと甚し、若しくは神其山に在るかと詔らせ給うたことから察せられるのである。
万葉の詩人大伴家持は、聖武天皇の天平十八年七月越中の国守となって赴任し、同二十年四月二十七日に、