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やまのてのこ

山の手の子

水上 滝太郎

「三田文学」1911(明治44)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,551 字 · 31 页

青空文庫

「卑しい町の子と遊ぶと、いつの間にか自分も卑しい者になってしまってお父様のような偉い人にはなれません。これからはお母様の言うことを聞いてお家でお遊びなさい。それでも町の子と遊びたいなら、町の子にしてしまいます」

と言う母の誡めを厳かに聞かされてから私はまた掟の中に囚われていなければならなかった。しばらくは宅中に玩具箱をひっくり返して、数を尽して並べても「真田三代記」や「甲越軍談」の絵本を幼い手ぶりで彩っても、陰欝な家の空気は遊びたい盛りの坊ちゃんを長く捕えてはいられない。私はまた雑草をわけ木立の中を犬のように潜って崖端へ出て見はるかす町々の賑わいにはかなく憧憬れる子となった。

「なぜお屋敷の坊ちゃんは町っ子と遊んではいけないのだろう」

こう自分に尋ねて見たがどうしてもわからなかった。後年、この時分の、解きがたい謎を抱いて青空を流れる雲の行衛を見守った遣瀬ない心持が、水のように湧き出して私は物の哀れを知り初めるという少年のころに手飼いの金糸雀の籠の戸をあけて折からの秋の底までも藍を湛えた青空に二羽の小鳥を放してやったことがある。

崖に射す日光は日に日に弱って油を焦がすようだった蝉の音も次第に消えて行くと夏もやがて暮れ初めて草土手を吹く風はいとど堪えがたく悲哀を誘う。