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さんじょうこ

山上湖

豊島 与志雄

「新潮」1949(昭和24)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,912 字 · 22 页

青空文庫

そのわきに、高い木梯子が、櫓のように立っている。添木でとめて地面に定着さしてある。魚見の櫓だ。ここは姫鱒の人工養殖所で、孵化した稚魚を湖水に放流すれば、育った親鱒は三年後に、その回帰性によって、放流された場所へ産卵に戻ってくる。群れをなして戻ってくる。その魚群の到来を見極める魚見の櫓だ。

その梯子へ、平田はこないだ、数段だけよじ登ったことがある。何も見えないと、すぐに降りてきた。

梯子は夜空に白々とつっ立っている。

私は立ち止り、じだんだふむような気持ちで言った。

「あれに登ってみて下さらない。いちばん上までよ。」

彼は怪訝そうに私の顔を見た。

「自分で登りたいんだけど、危なっかしいから、代りに登ってみてよ。」

「そんなこと、何の役にもたちゃあしない。」

「ためすのよ。自分の勇気をためすのよ。あなたの勇気をためすのよ。」

「勇気なんかいりゃあしないが……。」

彼はちょっと考えたが、肩にかけてるオーバアをぬごうとした。

「もういいの、いいのよ。」私はあわててとめた。

梯子のそばをぬけて、道路に出た。

道路の片側に、小さな溝があり、養魚池から来る水がちょろちょろ流れている。