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さんじょうこ

山上湖

豊島 与志雄

「新潮」1949(昭和24)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,912 字 · 22 页

青空文庫

何のことやら、彼女自身にも奥さんにも分らないのだ。解釈はどうとも御自由だというのである。そのことを、奥さんは平田に話した。丁度私の夫が、私の恋愛の相手を殺すとか殺さないとか、いきり立ってた時のことだ。平田は私に笑い話として伝えた。だが私は胸にこたえた。私は日蓮宗を信ずるのでもなく、霊感とか霊気とかを信ずるのでもないが、その婦人に逢ってみたくなった。平田はてんで取り合わなかった。彼にとっては、すべて迷信なのだ。

迷信排除と、理論的訂正。

平田は唯物論者なのだ。それもよい。だけど、思いつめたあげくのこの山上の湖水で、強い精神的閃めきを私は彼に期待した。唯物論者にも精神の光輝はあろう。彼の純粋無垢な詩情は、彼の情熱は、唯物論とか唯心論とかには関係なく、精神の純一な光耀から起るものではなかったか。それを彼はどこかに取り落して、愚鈍な不感症みたいになってしまったのであろうか。

私は彼の方へきっと向き直った。頬の肉が引きつるのを押し切って言った。

「わたしの行く通りについて来て下さいますか。」

「ついていくよ。」

「どんな所へでも。」

「ええ、どんな所へでも。」

事もなげな気安い返事だ。