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やまぶきのはな

山吹の花

豊島 与志雄

「群像」1953(昭和28)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,727 字 · 22 页

青空文庫

それがそっくり、久子の姿ではなかったか。俗世の渦巻きに巻き込まれて沈んでしまうかも知れなかった。

田宮は倚りかかっていた樹の幹から離れ、足早に湖畔を立ち去った。湖心の眼がなにかしら怖かった。

ホテルの玄関前の広い草原を横切って行くと、澄みきった山水がさらさらと流れてる渓流に出る。その岸のほとりに、檀の大きな木が茂っていた。黄と紫とに染め分けた小さな花を一杯つけていたが、既に果実を結んでるのもあって、紅い果肉も見えていた。その最も美しそうな一枝を、田宮は折り取って、室に帰った。女中を呼んで、手頃な花瓶を借り、檀の枝を投げ入れた。

黄と紫との二色になってる小さな花の群れ、紅みの見える小さな果実、それを小枝の楕円形な葉裏に眺めると、如何にも可憐だった。田宮はそこにじっと気持ちを集めようとした。心が荒立たないように、湖心の眼が荒立たないように、何かのやさしい情緒がほしかった。

檀の花も実も葉も、なかなか萎れず、艶が褪せなかった。でも、朝夕それを眺めてるうちに、次第に見馴れて、もう一向に面白くもなくなった。丁度その時、万事を託しておいた百合子から電報が来た。