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やまぶきのはな
山吹の花
豊島 与志雄
「群像」1953(昭和28)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,727 字 · 22 页
「あの山吹の、花が咲く頃までには、癒りますよ。きっと癒る。」
「山吹……。」
そう呟いて、弱々しく頬笑んだ。
然し、その山吹の花が咲いても、花が散っても、綾子の病気は癒らなかった。ばかりでなく、次第に悪化していった。彼女は山吹の花のことをもう二度と言い出さなかった。田宮の言葉に希望を繋いではいた筈なのに、花が咲きそして散ってゆくのを見ながら、何とも言わなかった。内心では、諦めの念が濃くなっていったのであろうか。
愚痴一つこぼさず、癒るかとも癒らないかとも聞かず、静かに寝ていた綾子の姿が、山吹の花の黄色に通う湖畔の雑草の花に、湖心の眼を通じて定着するのだった。そしてその処置に、田宮は迷った。
夕頃になると、西の山の端に没した太陽の残照が湖面に流れることがあった。水面とも水中浅くともつかず、ゆらゆらちらちらと、その残照はしばし漂い、そしてあちこちに小さく別れて、次々に消え失せていった。美しくもあり儚なくもあった。
だが、その残照の消えがたに、いやなものの姿も見えた。水面すれすれの水中に、ちらと見えた。
やはり綾子の病中だった。仔猫、といっても、もう可なり大きくなってる赤毛の猫が、どこからかやって来た。