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やまつばき

山椿

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1948(昭和23)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,911 字 · 32 页

青空文庫

六

「それを読んでみろ、もういちど読んでみろ、貴様をどんなに信じていたか、裏切る結果になったことをどんなに詫びているか、――自分は死んでも自分の愛は変らない、あの世から御出世を信じてお護りします、……そう書いてはないか、榎本、人間は一生にいちどくらい、本気になるもんだぞ」

良三郎は放心したように、重たげな鈍い手つきで遺書を巻き納めた。――主馬は噛まれた手首の血を懐紙で拭きながら、床間にある鈴を取って鳴らした。

「話はこれで終りだ、約束だから酒を飲もう」

良三郎はさりげなく立った、「ちょっと顔を洗って来ます」そう云って廊下へ出た。力のないふらふらした足どりで、廊下の途中まで来たと思うと、右側に障子のあいている小座敷を見て、すばやく中へはいり、坐って衿を寛げた。

六

脇差を腹へ突立てようとする瞬間まで、主馬は廊下から見ていた。そしてその瞬間に、とび込んでいって止めた。

「このほかに途はありません、放して下さい」

「放すよ、だが今じゃあない」主馬は脇差を奪い取った、「あの人は榎本良三郎のゆくのを待っている、然しこんなみじめな榎本を待っていやあしないぜ、榎本、証拠をみせろ、あの人の信じていた人間になれ、それまでは石に噛りついても死ねない筈だ、……そうじゃあないのか」