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やまつばき
山椿
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1948(昭和23)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,911 字 · 32 页
三
結婚してからは殆んど盃を持たなかったが、その夜は酔えるだけ酔う積りでいた。
「独りも手持ちぶさたなものだ、ひとつ受けないか」
少しまわってから主馬は盃を差出した。きぬは俯向いたまま「不調法でございますから」と答えた。主馬はできるだけ砕けた調子で、そして自分には似合わないと思いながら、冗談のようにこう云った。
「そう俯向いて許りいないで偶にはこっちをごらんよ、私はまだ妻の顔さえよく知らない良人だ、――これは少し変則だと思うがね」
きぬはしずかに顔をあげた。
三
蒼白い仮面のような顔だ、魂のぬけた感情の欠らもない顔だった。少し痩せてはいるが、美しい眼鼻だちである。濃い睫毛にふちどられた眼が、特に美しい、だがそれは石像のように冷たくて硬かった、主馬は慄然と眼をそらした。
法泉寺の十二時の鐘を聞いてから、主馬は起き上って寝所を出た。そしてかなり躇う気持を押し切って、妻の部屋の襖を明けた。きぬはまるで襲われた者のように、非常な速さで起き上り、恐怖に戦く眼でこちらを見た。――その眼が主馬の自制心を失わせた、彼はずかずか寄っていった、きぬは夜具からすりぬけ、行燈の掛布を取った。