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かわなみ
川波
久生 十蘭
「別冊文藝春秋 第五十一号」1956(昭和31)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,022 字 · 18 页
悪い船出になったものだと、この思いがしばらく和田の心に残った。
ソ満国境が閉鎖しているので、旅行は浦塩経由になった。日ソ休戦協定のヤマがみえているらしく、通過客にはうるさい制限はなにもなかった。八月二十一日の朝、浦塩に着いた。ベルリン行の国際列車は午後五時に出るというので、外国人用のサヴォイ・ホテルに午後までいて、「ゴールデン・ホーン」というレストランで汽車の出る時間まで飲み、酔って発車のぎりぎりに寝台車へころげこんだ。国際列車には白耳義の万国寝台車会社の一等寝台車が連結するが、一等のカテゴリーAはゆとりのある大きな部屋で、一車ごとにサモアールをひかえた専任の給仕がつき、食事の悪いことを除けば、困るというほどのことはない。酢漬の胡瓜を齧りながらウォトカを飲み、ピジャマのまま七昼夜の旅行が出来るという汽車はほかにない。さすがに旅行者は少なく、プルマンの一車を二人で借切ったようなぐあいで、気候も暑くなく寒くなく、快適な旅行になりそうだった。
見てやるほどの値打のある風景でもないのに、チタまでは、おおかた窓のブラインドがおろされるので、仕事のように朝からウォトカを飲み、チャイを飲み、ほろ酔い機嫌の旅をつづけて、二十六日の朝、オムスクに着いた。