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かわなみ
川波
久生 十蘭
「別冊文藝春秋 第五十一号」1956(昭和31)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,022 字 · 18 页
「ひどいわ。なんなの、それは。あたしのような女を一人、あぶない船に乗せるの、かわいそうだとお思いになりません」
「思わないね。なんといっても、旅は一人のほうがいいよ。いろいろと面白いことがあるはずだ、船の中には」
「せめて、見送りくらいには来てくださるわね。こんどの旅、なんだか心細くてしょうがないの」
クレーデル号が出帆する朝、和田は見送りに行ってやった。豊川は来なかった。
港務部の曳船のランチが向きをかえ、汽船が内防波堤の口に向いてゆっくりと動きだした。高いA甲板に倫子の白い顔が小さく見える。いつだったか、ルシタニヤ号に乗った友達を埠頭で見送ったときのことが頭に浮んだ。その男も沖に向う船から、眼で合図をしながら消えて行ったが、それきり帰って来なかったなどと思いながら帰りかけると、後のほうでなにか騒ぎが起きた。
クレーデル号が防波堤の突端へ接触し、そのショックで婦人客が甲板へ倒れて頭を打ち、死んだとか、死にかけているとか、そんなふうなことだった。まさか倫子ではあるまいと思うが、ようすがわかるまで岸壁に残っていた。死んだのは独逸人の老婦人で倫子でなかったが、船の出帆は、そのため一日延びるということだった。