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さちおせんせいへのついおく
左千夫先生への追憶
石原 純
「アララギ」アララギ発行所、1919(大正8)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,117 字 · 9 页
本所茅場町の先生の家は、もう町はずれの寂しいところであった。庭さきの墻の外にはひろい蓮沼があって、夏ごろは蛙が喧ましいように鳴いていた。五位鷺や葭切りのなく声などもよく聞いた。そこで牛を飼っていながら、茶を楽しみ、歌や文学や絵画を論じていられた先生は、実に高尚な趣味に徹した人であった。雑然たる都会のなかに住んでいた私には、暇を見つけては先生のもとに行って、その閑寂な趣味のなかに浸ることのできるのを、この上なく嬉しく思ったことであった。いつもあまりながく話して、知らない間に夜をふかしてしまうこともしばしばあった。まだ電車などまるでなかったころであったから、本郷の家まで帰るのに、もうひっそりと寝しずまった町々を歩いて来たのであったが、時々はあまりに遅い時間になってしまって、そのまま泊めていただいたことなどもかなりにあった。
趣味に徹していた先生は、そうであるからと言って趣味に溺れる人では決してなかった。閑寂をもとめ平淡を愛しながら、なお決して世を離れるような退嬰的な態度をとらしめるに至らなかった所以はここにあると私は思う。あれほど淡雅な趣味を好んでいた先生が、他面においてはなはだ進取的な若々しい気分や、執拗な強い自信をもって、実世間につき進んでゆかれたことなど思うと、むしろ不思議なほどである。