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さちおせんせいへのついおく

左千夫先生への追憶

石原 純

「アララギ」アララギ発行所、1919(大正8)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,117 字 · 9 页

青空文庫

左千夫先生のことを憶うと、私にはいかにも懐かしい気分が湧いてくる。あの大きな肥った身体、そしてみなりなどにかまわない素朴な態度、その平淡ななかに言い知れぬ深いところを湛えて我々に接せられたことなどに対し、私はどんなに懐かしさを感じているかわからないほどである。

「馬酔木」がはじめて発刊せられたのは明治三十六年のことであった。それ以前から根岸派の歌に親しんでいた私はこれを嬉しく思いながら、先生のことを想像していた。その時分は大学の学生であったが、まだ見知らぬ人をいきなり尋ねて行ってよいかどうかを思いまどいながら数箇月を過ごしてしまった。そのうちに毎月の歌会が先生の宅で開かれるようになったので、この年の秋過ぐるころに、私ははじめてその歌会の日に訪ねて行った。牛乳屋の硝子戸のはまった入口のかたわらに、少し奥まったところに格子戸の玄関が別にあった。そこで案内を乞いながら私ははじめて先生のあの懐かしい面に接したのであった。この折りに見た炉をきった座敷や、愛蔵せられていた茶釜や、無一塵の額面や、それらは今でも私の眼前にちらついて見えるようである。そして先生のおもかげと結びついて私の脳裡に消されずにのこっている。