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おぐらいけのはす

巨椋池の蓮

和辻 哲郎

「新潮」1950(昭和25)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,016 字 · 12 页

青空文庫

それを少し漕ぎ下ってから、舟は家と家との間の狭い運河へはいって行った。運河の両岸の光景は暗くて何もわからない。そういうところを何十分か漕いで行くうちに、だんだん左右が開けてくる。巨椋池の一端に達したらしいが、まだ暗くて遠くは見晴らせない。そういうふうにしていつとはなしに周囲が池らしくなって来たのである。

舟はもう蓮の花や葉の間を進んでいる。その時に、誰いうともなく、蓮の花の開くときに音がする、ということが話題になった。一つ試してみようじゃないか、というわけで舟を蓮の花の側に止めさせて、今にも開きそうな蕾を三人で見つめた。その蕾はいっこう動かないが、近辺で何か音がする。蓮の花の開く時の音はポンという言葉で形容されているが、どうもそれとは似寄りのない、クイというふうな鋭い音である。何だろうとその音のする方をうかがって見たりなどしながら、また目前の蕾に目を返すと、驚いたことには、もう二ひら三ひら花弁が開いている。やがてはらはらと、解けるように花が開いてしまう。この時には何の音もしない。最初二ひら三ひら開いたときには、つい見ていなかったのではあるが、しかし側にいたのであるから、音がすれば聞こえたはずである。