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ほ

帆

宮本 百合子

「文芸春秋」1927(昭和2)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,973 字 · 25 页

青空文庫

彼は眼を放たず窓外に飛び行く田舎の景色を眺め、

「いいですなあ! 天気がいいから実に素敵だ」

何度もそう云った。

「あ、見ましたか? 水車がありましたよ、やっぱり今でも田舎では水車が廻っているんですね」

平凡な田舎の景色と、横の空いた座席に投げ出されているアルマの箱と、尾世川自身の声の中に何かつつましき祝祭が燦いてい、藍子も軽やかな心持であった。

葦が青々茂っている。その川の上に鉄橋が見える。列車が轟然とその鉄橋をくぐりぬけた。

「汽車は鉄橋わたるなり」

白い汽車の煙と、轟音と、稚い唱歌の節が五月の青空に浮んで、消えて、再びレールが車輪の下で鳴った。

稲毛の停車場から海岸まで彼等は田舎道を歩いた。余り人通りもなかった。二つの影が落ちる。道は白く乾いて右手に麦畑がある。尾世川は麦の葉をとって鳴らそうとした。うまく鳴らなかった。

「葉っぱじゃない茎を吹くんじゃないんですか」

「いや、確に葉っぱが鳴ったと思うんですがね」

浅くひろがった松林があり、樹の間に掛茶屋が見えた。その彼方に海が光った。

藍子は、額にかざして日をよけていた雑誌の丸めたのを振りながら、ずんずん先へ立って砂浜へ出て行った。