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ほ

帆

宮本 百合子

「文芸春秋」1927(昭和2)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,973 字 · 25 页

青空文庫

遠浅ののんびりした沖に帆かけ船が数艘出ている。それ等は殆ど動かず水平線上に並んでいた。

「静かな海だなあ」

「……もっと波の高い海岸の方が勇ましくてようござんすね」

「然し、こりゃいかにも潮干によさそうなところですな。――その辺掘ったら蜆がいるんじゃないですか」

「どれ――ちょっと拝借」

藍子は、脱いだ帽子をかぶせて突いていた尾世川のステッキで、波打際の砂を掘りかえした。

「こんなところ……誰かとっちゃっただろうな」

下駄と足袋をぬぎすて、藍子は踝とひたひたのところまで入って行った。

「一つもとれないなんて癪だ……やっとこら! と」

勝気らしくステッキをぐっと倒して深く砂を掘り起した拍子に、力が余り、ステッキの先で強く海水を叩きつけた。飛沫が容赦なく藍子のかがんでいる顔や前髪にかかった。

「はっはっはっ、こりゃ愉快だ」

「生意気にこんな海でも塩っからい」

手の甲で頬っぺたを拭き、後毛を風に吹かせながら藍子は笑い笑い戻って来た。

「道具がなけりゃ駄目ですよ。あ、あります、あります、ほらあの茶屋に札が出ていたのを知らなかった」

その道具は然しもう借りず、彼等は砂に腰を下し、次第に暮れかかる海を眺めた。