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ていてんをみざるのき
帝展を見ざるの記
寺田 寅彦
「中央美術」1920(大正9)年11月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,664 字 · 16 页
帝展というものに対する私の心像を眺める時に先ず眼につくのはあの竹の台の桜の紅葉で、その次には会場の前に並んだ美々しい自動車の群である。これがあの貧弱な会場の建築と対照して、そしてその中に陳列された美しいものに対するある予感を吹き込む。アリストクラシーないしブールジョアジーと芸術とのある関係を想わせる。この自動車と相対して、おそらく我が日本だけに特有な下足預り所なるものがある。「ステッキはコチラデスヨー」などという極めてプロレタリアンな声が、労働階級の細君ででもあるらしい下足番の口から響いて来る。それからあのいつもの漆喰細工の大玄関をはいってそこにフロックコートに襟章でも付けた文部省の人々の顔に逢着するとまた一種の官庁気分といったようなものも呼び出される。尤もこんな事は美術とは何の関係もない事ではあるが、それでも感受性の鋭い型の観覧者に取っては、彼等が場内にはいって後に作品から受取る表象の同化異化作用に何らかの影響を及ぼさないものだろうか。こんな事を考えているとバーリントンハウスの玄関や、シャンセリゼーやクーアフュルステンダムなどの幻が聯想の糸に引かれて次ぎ次ぎに浮かんで来る。