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ていてんをみざるのき

帝展を見ざるの記

寺田 寅彦

「中央美術」1920(大正9)年11月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,664 字 · 16 页

青空文庫

夏休みが終って残暑の幾日かが続いた後、一日二日強い雨でも降って、そしてからりと晴れたような朝、清冽な空気が鼻腔から頭へ滲み入ると同時に「秋」の心像が一度に意識の地平線上に湧き上がる。その地平線の一方には上野竹の台のあの見窄らしい展覧会場もぼんやり浮き上がっているのに気が付く。それが食堂でY博士の顔を見ると同時に非常にはっきりしたものになってすぐ眼の前にせり出して来るのである。いよいよ招待日が来るとY博士の家族と同格になって観覧に出かける。これが近年の年中行事の一つになっていた。

ところが今年は病気をして外出が出来なくなった。二科会や院展も噂を聞くばかりで満足しなければならなかった。帝展の開会が間近くなっても病気は一向に捗々しくない。それで今年はとうとう竹の台の秋には御無沙汰をすることにあきらめていた。そこへ『中央美術』の山路氏が訪ねて来られて帝展の批評を書いてみないかという御勧めがあった。御断りをした積りでいるうちに何時の間にかつかまってしまって、とうとうこの「見ざるの記」を書く事になった。

見ないものの批評が出来ようはずはない。と始めには考えたが、しばらくするとこの考えは少し変って来た。