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ねんがじょう

年賀状

寺田 寅彦

「東京朝日新聞」1929(昭和4)年1月1日、3日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,248 字 · 7 页

青空文庫

「年賀はがきの一束は、自分というものの全生涯の一つの切断面を示すものである。人間対人間の関係というものがいかに複雑多様なものであるかを示す模型のようなものである。人情と義理と利害をXYZの座標とする空間に描きだされた複雑極まりない曲面の集合の一つの切り口が見える。これをじっと眺めていると、面白くもあれば恐ろしくもある。」

何かというとすぐに「XYZの座標」を持ちだすのが彼の一つの癖である。これさえ持出せば科学者でない多数の人々を無条件に感心させる事が出来るとでも思っているらしい。それはとにかく、彼が近頃急に懐旧的の傾向を帯びて来たのはどういう訳であろう。人は水に溺れんとする瞬間に過去の生涯全部の幻影を見るそうである。事によると彼もさきが短くなった兆ではないかと密かに心配している友人もある。そのせいでもあるまいが、彼がこの頃年賀状の効能の一つとして挙げているのは、それが死んだ時の通知先名簿の代用になるという事である。実際彼の場合にはこれが非常に役立つに相違ない。彼の知人名簿には十年も前に死んだ人の宿所がそのままに残っていて、何の符号も付いていない。