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まぼろしのかなた
幻の彼方
豊島 与志雄
「中央公論」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页
彼女の世界の混乱してることが、わきからもよく見て取られた。それが二日続いた。順造は心の慴えを禁じ得なかった。しっかりしていなければいけないと思った。
その二日目の午後に、坪井医学士は彼をわきへ呼んで云った。
「どうも仕方がありませんね。……いつどんなことになるか分らない状態ですから、もしお知らせなさる所がありましたら、今のうちに……。」
「そんなに悪いんでしょうか。」
「まださし迫ってどうということはありますまいが、何しろ、軽い脳症を起していますからね。……そして、脳と同じ位に心臓にも打撃を受けています。」
順造は黙って頭を下げた。
然しどうも、それとはっきり信じられなかった。精神が苦闘から脱して漸くうち勝ちかける頃に、興奮の余り多少混乱することは、常識から考えても肯定出来た。またそういう実例はいくらもあった。秋子の場合もそれに違いないように思われた。あんなに疲憊しつくしていたのが、俄に元気になったのだった。
彼は看護婦に相談してみた。
「左様でございますね、脈はいくらかお悪いようですけれど、食慾は増していらしたのですから……。」
然し結局の断定は得られなかった。