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まぼろしのかなた
幻の彼方
豊島 与志雄
「中央公論」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页
私を……私のお腹の子を憎んでいらっしゃるのでしょう。そして、今のうちに、その子をどうにかしてしまいたがっていらっしゃるのでしょう。」
「え、今のうちにお腹の子を……。」
「ええ、そうですわ。そうですわ。口に出して云えないものだから、いろんな様子で私に悟らせようとなすっていらっしゃるのです。私に骨の折れる仕事をさせなかったり、うまい物を食べさせたりなすってるのも、本当の気持からじゃなくって、みんな皮肉に私をいじめるおつもりなんです。そして表面だけやさしくしながら、心のうちでは恐ろしい事を、口に云えないような恐ろしいことを、一人でたくらんでは私にそれを押しつけようとなすってるのです。私がいくら馬鹿だからって、それくらいのことは分ります。でも私、いやです、いやです。そればっかりはどうしても……。」
両袖で腹をかこって、彼女はもう本当に泣きじゃくりをしていた。
「何を云うんだ、お前は! そんなことを頭に浮べるのさえだって、恐ろしいとは思わないのか。」
だが、俺はそんなことを考えたことが果してなかったのかしら? 今度ばかりでなしに、順一が生れる前だって……。
瞬間に閃めいたその考えに、順造は自ら喫驚して飛び上った。