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ひろば

広場

宮本 百合子

「文芸」1940(昭和15)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,809 字 · 31 页

青空文庫

にすごされた中流的な日々であった。今、朝子のかきたいと切に思うのは、そういう生活の日々の姿ではなかった。もっと苦痛に息づきながら、その歌を歌わんとしている熱心な心の経歴をこそかきたい。人類の歴史の善意につながれながら、全く独自な相貌をもっている日本のそのユニークな歌を描きたいと思う。そのために、朝子はどうしなければならないだろうか。最も誠意ある行動として何をしなければならないのだろう。

せき上げる思いにつき動かされて、朝子は寝台から起きあがった。朝子のすべきことは、帰ることだ。そうではないだろうか。自分の悲しみの在るところへ、或は自分の挫折があるところへ、そこへ真直ぐかえって、正直にそれらを経てゆくことではないだろうか。その悲しみと挫折とをこそ、ここの生活を愛すその心が愛すのではないだろうか。もし自分に成長というものがあれば、この価値を知る、それが成長の意味ではなかろうか。朝子は謙遜な、また体の震えるような生活への熱意を感じ、よろこびと悲しみの綯い合わされた涙をおとした。今帰ること、それは朝子にとっては、生活への出発とも思えるのであった。ここから出発してゆく。