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びしょう

微笑

豊島 与志雄

「雄弁」1919(大正8)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,995 字 · 43 页

青空文庫

傘の上にしとしとと音を立てて降る雪の中を歩いていると、夢の中に居るような気がしてきた。少しの風もなく、重い空気が澱んでいた。村瀬は女を連れてわざわざ市内電車で遠廻りをして駅に来てる筈だった。

S――駅に着いて、暗い階段を下りると、果して村瀬は私を待ち受けていた。私はその側へ寄って行った。

「君あれですよ。」と彼は私に小声で囁いた。向うの柱の影に、コートの中に肩をすくめた束髪の女が立っていた。私達が話してるのを見ると、一寸頭を下げて微笑みかけた。村瀬は手を上げて相図をしながら頭を振った。私の眼の中には、女の眼と口とが馬鹿に大きく残った。

例の男は来ていなかった。私達は失望した。それでも電車を一つやり過して待ってみた。まだ来なかった。「今日は雪だから来ないのかな。」とも思った。それでも一台電車をやり過した。足の先が凍るように冷たくなって来た。時々待合所の中へはいって足先を温めた。火鉢の火はいつもより多かった。女は時々私達の方を顧みた。

やがて階段の所に足音がした。私ははっと思った。それは殆んど直覚だった。あの男がやって来たのだ。ラクダの襟巻をして、手に洋傘を携え、足駄をはいていた。