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こころのかわ

心の河

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,442 字 · 37 页

青空文庫

さよは、すすりあげながら、親子より親しい夫婦の中などという云いならわしを、絶望を以て思い起した。

六

永い、張りつめた沈黙が、森と明るい小部屋に充ちた。

さよが、時々微に短い身じろぎの音を立てる。――前後の寂寞は、戸外の闇とともに、いよいよ圧力ある深さを増すように思われる。……

軈て、保夫が身動きをした。そして、濡れているさよの顔を見なおした。

「――顔でも洗っておいで」

さよは、保夫が、いかにももう峠は過ぎた、という風に云い出した調子に不快を覚えた。彼女は動かなかった。

「……行ってちゃんと顔でも洗っておいで。だいなしじゃあないか。――」

それでも、彼女が返事もしなければ、立とうともしないのを見ると、保夫は、さよの急所を刺すように辛辣な調子で独言した。

「余程、今晩は調子が妙だな。……」

彼は、煙草の烟を故意に長く、二ふきばかり電燈に向ってふきかけた。そして、曰くありげにじろじろとさよを視、質問した。

「あれは、いつかい」

さよは、横を向いたまま、低い涙声できき返した。

「なに?」

「君のあれさ――判るだろう」

さよは、首を廻して保夫を見た。