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こころのかわ
心の河
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,442 字 · 37 页
というだけのものであった。彼女は、自分が、実際母の苦痛を軽めるには、何の足しにもならなかったのを回想した。ただ母にとっては、無意味に近い言葉を繰返す彼女が、自分の娘であると云うところにだけ、確に、心からの当惑や気の毒さを感じられているというところにだけ、彼女の言葉の価値はあったのだ。
母は、殆ど一生、老いて激しい情熱の失せるまで、解決されない苦労を負うて生きた。
彼女の満されなかった若々しい一心さ、理想的な生存を希う、哀切な人としての願望は、皆消極的な悲しみ、煩悶に精力を消耗されて鎮められた。それだのに――さよは、新たな駭きを以て考えた。――彼女の母は、あれほど勇み立って、女性の天国へは保夫が案内でもされるように、華やかに自分等二人を結婚させたではないか!
さよは、殆ど愚に近い矛盾をそこに認めた。が、猶考えて行くうちに、彼女は、母のいとしさにひしひしと迫られた。母は、自身の一生で実現されなかった更に沢山の夢、人の夢、女の夢を、自分にこそ味わせこの世に持たせようと、結婚もさせ、世に送り出しもしたのではなかろうか。母の母が、明治の始め、長い絹房の垂れた插頭花(かんざし)をかざした自分の娘に希い望んだ通りに。