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しんじゅう

心中

森 鴎外

「中央公論」1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,515 字 · 17 页

青空文庫

頸動脉が断たれて、血が夥しく出ている。火鉢の火には灰が掛けて埋めてある。電灯には血の痕が附いている。佐野さんがお蝶の吭を切ってから、明りを消して置いて、自分が死んだのだろうと、刑事係が云った。佐野さんの手で書いて連署した遺書が床の間に置いてあって、その上に佐野さんの銀時計が文鎮にしてあった。お蝶の名だけはお蝶が自筆で書いている。文面の概略はこうである。「今年の暮に機屋一家は破産しそうである。それはお蝶が親の詞に背いた為めである。お蝶が死んだら、債権者も過酷な手段は取るまい。佐野も東京には出て見たが、神経衰弱の為めに、学業の成績は面白くなく、それに親戚から長く学費を給してくれる見込みもないから、お蝶が切に願うに任せて、自分は甘んじて犠牲になる。」書いてある事は、ざっとこんな筋であったそうだ。

川桝へ行く客には、お金が一人も残さず話すのだから、この話を知っている人は世間に沢山あるだろう。事によると、もう何かに書いて出した人があるかも知れない。