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しんじゅう
心中
「中央公論」1911(明治44)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,515 字 · 17 页
お金がどの客にも一度はきっとする話であった。どうかして間違って二度話し掛けて、その客に「ひゅうひゅうと云うのだろう」なんぞと、先を越して云われようものなら、お金の悔やしがりようは一通りではない。なぜと云うに、あの女は一度来た客を忘れると云うことはないと云って、ひどく自分の記憶を恃んでいたからである。
それを客の方から頼んで二度話して貰ったものは、恐らくは僕一人であろう。それは好く聞いて覚えて置いて、いつか書こうと思ったからである。
お金はあの頃いくつ位だったかしら。「おばさん、今晩は」なんと云うと、「まあ、あんまり可哀そうじゃありませんか」と真面目に云って、救を求めるように一座を見渡したものだ。「おい、万年新造」と云うと、「でも新造だけは難有いわねえ」と云って、心から嬉しいのを隠し切れなかったようである。とにかく三十は慥かに越していた。
僕は思い出しても可笑しくなる。お金は妙な癖のある奴だった。妙な癖だとは思いながら、あいつのいないところで、その癖をはっきり思い浮かべて見ようとしても、どうも分からなかった。しかし度々見るうちに、僕はとうとう覚えてしまった。