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おもいでぐさ

思い出草

岡本 綺堂

「木太刀」1910(明治43)年11月、1911(明治44)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,303 字 · 11 页

青空文庫

夏の夕暮には、子供が草鞋を提げて、「蝙蝠来い」と呼びながら、蝙蝠を追い廻していたものだが、今は蝙蝠の影など絶えて見ない。秋の赤蜻蛉、これがまた実におびただしいもので、秋晴の日には小さい竹竿を持って往来に出ると、北の方から無数の赤蜻蛉がいわゆる雲霞の如くに飛んで来る。これを手当り次第に叩き落すと、五分か十分の間に忽ち数十疋の獲物があった。今日の子供は多寡が二疋三疋の赤蜻蛉を見付けて、珍らしそうに五人も六人もで追い廻している。

きょうは例の赤とんぼう日和であるが、殆ど一疋も見えない。わたしは昔の元園町がありありと眼前に泛んで、年ごとに栄えてゆくこの町がだんだんに詰らなくなって行くようにも感じた。

二 芸妓

有名なお鉄牡丹餅の店は、わたしの町内の角に存していたが、今は万屋という酒舗になっている。

その頃の元園町には料理屋も待合も貸席もあった。元園町と接近した麹町四丁目の裏町には芸妓屋もあった。わたしが名を覚えているのは、玉吉、小浪などという芸妓で、小浪は死んだ。玉吉は吉原に巣を替えたとか聞いた。むかしの元園町は、今のような野暮な町ではなかったらしい。