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あやしのもの

怪しの者

国枝 史郎

「日本伝奇名作全集4 剣侠受難・生死卍巴(他)」番町書房、1970(昭和45)年2月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,259 字 · 25 页

青空文庫

「チエ」

もうこの時には西条様の刀が、抜き打ちにわたしの右の肩へ、袈裟がけに来ておりました。

わたしは前へつんのめりました。

「そう、あの男もこんなように、貴郎様の太刀先をのがれましたねえ」

「乞食め!」

と西条様はわたしの背を目がけ、斬りおろしました。

それを掻いくぐって左へ飛び、

「ここに庄内川がありましたら、わたしもあの男のように川へ飛び込んで、のがれることでございましょうよ。……それにしても惜しいものだ、乞食にばかりこだわらずに、素直に私という人間の言葉を聞いて、持田さんあたりを調べたら、たいした功が立てられるのに……」

言いすててわたしは露路の一つへ駈けこみましたっけ。

庄内川の岸で、職人風の男を討ちそこなって逃がし、西丸様からお叱りを受け、どうあろうとその男をさがし出し、討ってとれとの厳命を受け、さがし廻っているがわからない。そのムシャクシャしている腹の中へ、グッと棒でも突っ込んだように、わたしの言葉がはいったのですから、わたしに対する憎しみは烈しく、あくまでも斬りすてようと、わたしの後を追って、西条様が、露路へ駈け込んで来たのは、当然のことかと存ぜられます。