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おそろしきさくご

恐ろしき錯誤

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1923(大正12)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,075 字 · 46 页

青空文庫

彼の顔色は、さいぜんから、手酌で可成ビールを飲んで居ったにも拘らず、始め対座した時から見ると、見違える程蒼ざめていた。

勝ほこった北川氏は、益々雄弁に、まるで演説でもしている様な口調で、一生懸命に話を進めて行くのだった。

彼は極度の緊張で、両頬のカッカッとほてるのを感じた。腋の下が、冷い汗でしとど濡れるのを感じた。

「だが、それ丈の謎の様な事実を聞いたばかりでは、僕にはどうにも判断の下し様がなかった。事実の真髄に余程近づいたことは確かだった。併し、真髄そのものは、矢張り今にも分り相でいて、少しも分らなかった。それは無限小の距離には近づき得ても、本体に触れることは絶対に出来ない様な、もどかしさだった。もどかしいというよりは、寧ろ恐ろしかった。僕は、これはてっきり『脳髄の盲点』だなと思うと、身震いする程恐ろしかった。そうして二日三日と日がたって行った。

ところが、ついしたことから、その盲点がハッと破れた。そして、夢から醒めた様に、何もかもすっかり分ってしまった。僕は忿怒の余り躍り上った、そいつこそ、越野が教えて呉れたその男こそ、憎んでも憎んでも憎み足りない奴だった。