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おんじん

恩人

豊島 与志雄

「帝国文学」1914(大正3)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,268 字 · 27 页

青空文庫

そしてこうつけ加えた。

「一体彼等の、特に尼僧の生活には矛盾があるようだね。彼等は静かな勤行の生活のうちに、過去のなつかしい思い出を深く深く掘ってゆく。その思い出が親しくなり美しくなるに従って、それを寂滅為楽の途に進むことと思っているらしいんだ。そして遂には前に進むことを知らないで、過去へ過去へと全く向き返ってしまって退くばかりなんだね。」

「それでは時というものを全く征服してしまったのではないでしょうか。」

「そうも云えるだろうが、また反対に時に征服されたんだとも云えるだろうね。」

彼は叔父の語る所に先刻から何かの強い意志の籠っていることを感じていた。それで煙草をすすめてみた。

「僕はすっかり煙草は止してしまったよ。」こう云って彼は淋しい微笑を顔に漂わした。

「お身体でも悪くて被居るのですか。」とたえ子が尋ねた。二人共叔父が時々軽い咳をしているのに気附いていた。

叔父の語る所によると、彼は大分前から肺を侵されているとのことである。自分では時々肩の凝りを感ずる位だけど、医者の言によれば右肺に大分浸潤があるらしい、そして激変を憂うるとのことである。

「それでは会社の方もお止めなすったら。