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あくりょう

悪霊

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1933(昭和8)年11月~1934(昭和9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,980 字 · 67 页

青空文庫

「では、おひる過ぎから夕方までの間に、あの門を出入りした人を見なかったか。ここにいる女中さんと、この男の人の外にだよ」と、検事は、その筋の人々に混って立っていた姉崎家の女中と僕とを指さして、物柔に訊ねた。すると乞食は、刑事の手提電燈に射られた僕と女中とを白い眼で見上げながら、外に二人あの門を入った人があると、ペタペタと歯のない唇で答えた。

その内の一人は黒い洋服に黒いソフト帽を冠った中年の紳士で、顔はよく見えなかったが、眼鏡や髭はなかった様に思う。その人が女中が出て行って間もなく門内に姿を消した。それから長い時間の後、(乞食の記憶は曖昧であったが、その間は一時間程と推定された)一人の若くて美しい女が門を入って行った。その髪形と着衣とは、非常にハッキリ乞食の印象に残っていたらしく、髪の方は「今時見かけねえ二百三高地でさあ。わしらが若い時分流行ったハイカラさんでさあ」と云った。君は多分知らないだろうが、二百三高地と云うのは、日露戦争の旅順攻撃の記念の様にして起った名称で、前髪に芯を入れて、額の上に大きくふくらました形の、俗に庇髪と云った古風な洋髪のことだ。