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あいのために

愛の為めに

甲賀 三郎

「探偵文藝 第2巻第4号」奎運社、1926(大正15)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,919 字 · 24 页

青空文庫

彼女は青年が何かの手段で赤ン坊を返えしに来て呉れる事を予期しているに違いない。だが青年は彼女の名も所も知らないのだ。ではどこへ返えしに行く。それは彼等が共通に知っている所でなければならぬ。ではどこ? 東京駅前だ。呉服店だ。現に青年も健康でさえあれば、そこへ出かけた筈ではないか。

時刻は? 矢張り始めに別れた時刻だ。

そう思って私は依頼を受けてから五日目、午後二時過ぎ、東京駅前に行った。

駅頭は相変らず混雑していた。呉服店行の自動車には群集が犇めいていた。私は思わず微笑んだ。

二三台の自動車を見送っているうちに、ふと私はそこから少し離れた所に一人の婦人が佇んでいるのを発見した。

年の頃は二十五六、少し面窶れはしているが、丸髷に結った奥さん風のすっきりとした美しい婦人である。

じっと観察していると、彼女は自動車の発着の度に、眼を輝して忙しく乗降の人を探し求めている。自動車の姿が消えると、そのぱっちりとした眼は急に悲しそうになる。

私は思った。この婦人だ。この婦人に違いない。私は思い切って傍へ行って言葉をかけようとした。その時に予期しない邪魔者が這入った。