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われにそむく

我に叛く

宮本 百合子

「太陽」1921(大正10)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,414 字 · 59 页

青空文庫

我に叛く

宮本百合子

電報を受取ると同時に、ゆき子は、不思議に遽(あわただ)しい心持になってきた。

若し彼女が、その朝十時から催される或る職務上責任ある会議に、良人の真木が帰京し得るか否かを、それほど案じていたのなら、当然その報知で安心すべき筈であった。

電文には、昨夜F市の発信で「アスアサ九ジツク」とある。

会議の場所は、東京駅からさほど遠くはなかった。従って、九時に列車が到着するとすれば、定刻に充分に間に合うばかりでなく、若し必要なら衣服を換える位の余裕さえもある。ゆき子が、気を揉む理由は何処にもない訳なのである。――が、彼女は落付けなかった。

今まで森閑と、或はどんよりと鎮っていた心の何処かに、俄の漣(さざなみ)が立ち始め、その絶間ない波動が、やがて体中、心じゅう充満して来るような不安(アンイージネス)が感じられるのである。

一

真木は、市内の或る大学に教鞭を採っている文学士であった。

故郷は、若狭に近い裏日本にある。そこでは、老齢な父親が、長兄の家族と共に、祖先伝来の、殆ど骨董めいた田地を擁して、安穏な余生を送っていた。

平常は忙しく、ゆっくり手紙を書く気分のゆとりすら持たない彼は、丁度学年の更り目にある僅の休暇を利用して、半年振の帰省をしたのである。