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われにそむく

我に叛く

宮本 百合子

「太陽」1921(大正10)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,414 字 · 59 页

青空文庫

が「今日こそは!」ゆき子は、若い雌馬が勇み立って、その鬣(たてがみ)を振るように、肩と頭とを揺りあげた。そして、改めて坐りなおし、気を鎮め今まで書き溜めた頁を読みかえしているうちに、眼の前には、これから描くべき情景(シーン)が、ありありと見え始めた。

そこは、日本ではなかった。鮮やかな楡の若葉が、ちらちらと日を漉く草の上に、軽らかな夏著をまとった若い女が、肱をついて長々と臥(ね)ころがっている。傍には、栗鼠(りす)が尾に波うたせながら遊んでいる。静けさ……涼しい風。不意と、人影に驚いて立上る拍子に、きらりと光った金の小金盆(ロケット)や飾帯(サッシ)の揺れを、四辺の透明な初夏の緑色を背景として、目のあたり見るような心持がした。熱した想像の中に自他の境が消えうせる。――彼女は筆を下した。次第に高潮して来る感興を根気よく支えながら、彼女は、一字一字と書き進めて行ったのである。――

若し、そのまま続いて行ったら、ゆき子は狂喜して、四月五日というその日に感謝を捧げたであろう。けれども、或る処まで行くと、彼女は、突然、我にもない力の喪失を感じ始めた。文字と心とが、次第に鈍い抑揚(めりはり)になって来る。