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われにそむく
我に叛く
宮本 百合子
「太陽」1921(大正10)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,414 字 · 59 页
「相変らずここはいいね、静で。――それに、一寸御覧、不思議にあの楓だけは虫がささないじゃないの」
ゆき子は、窮屈に首を廻して外を見た。なるほど、庭にある大抵の紅葉は鉄砲虫に髄を食われて一年増しに貧弱な枝振りになっている中に、その樹ばかりは、つややかな槇の葉がくれに、さながら、臙脂茶の絹色をかけたような若芽を美しく輝やかせている。しかし、それを眺め愉しむには、彼女の心持は、余りに切迫したものであった。
正直にいえば、彼女には、母のそこに来た訳が推察し兼ねた。何か用があるなら、それだけを早くすませて、一刻も早く独りになりたい気持が、激しくゆき子をせき立てた。彼女は、母の気を害うのを虞(おそ)れながらも、
「何か御用だったの?」
と反問した。
「用じゃあないがね、どうしているかと思ってさ。――」
寿賀子は、娘の顔を見た。そして、忽ち娘の焦燥に照返されたように、微に表情を換えながら先に続けた。
「それに、昨夜も寝られないでつい種々考えたんだが、若し、ここにいる方が気分が纏まるようなら、当分いるのもよかろうと思ったのでね。――出来そうかい?」
ゆき子は、声を出すより先に、自分でも心付くほど陰気な笑顔になった。