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われにそむく
我に叛く
宮本 百合子
「太陽」1921(大正10)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,414 字 · 59 页
機勢(はずみ)が来なければ――。併し」
真木は、真正面にゆき子を見、戯談でない声で云った。
「用がないなら静にしていてくれない? 僕は、休中に遣ってしまいたいものが沢山あるんだから、ね。平常は、忙しくて暇のないのは、貴女も知っているだろう……」
全く、真木が、専門に関して書類を纏めているのは事実であった。勿論ゆき子は、それを知っていた。けれども、今の場合、彼女には、その「専門」の権威で圧せられるのは辛棒が出来なかった。彼女の衷心には、殆ど意識の陰で、自分の仕事を顧みさせられる不快がある。ゆき子は、ぐっと心が意地悪くなるのを感じた。
「用がなけりゃあ話もされなくてはおしまいね!」
彼女は、毒針と知りつつそれを虫に刺し込むような残酷さでちらりと良人の方を見た。
「……どうしたのだ。そんな調子でものを云うものではない」
「だってそうじゃあないの。分り切った用事のことほか、話す気もないようじゃあ、おしまいじゃあないの?」
仕事に戻ろう戻ろうとして、隙を見てはペンを取り上げていた真木は、この言葉を聞くと、からりと机の上に万年筆を投げ出した。ゆき子は、思わず、はっとした。