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あるさっかのやくび
或る作家の厄日
豊島 与志雄
「群像」1949(昭和24)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,284 字 · 21 页
小説家たる者は、平素の心掛けや勉強が大切だ。何が役に立つか分らない。おれはそのノートを原稿用紙に清書することを、本間さよ子にやらせた。自分ではさすがにばかばかしくて出来ないし、時間もない。
さよ子は、まあ謂わば文学志望者で、おれの家にいて、家事の手伝いをしたり、原稿や書信の整理をしたりしている。前には或る出版社に勤めていたが、のろまで役に立たなくて持て余されているのを、おれの方に引き受けたのだ。のろまで役に立たないというのが、おれの気に入った。家庭においては、女のきれ者はすべて禁物だ。
ノートの清書を頼んで、おれは言った。
「君の勉強になることだから、一生懸命にやってごらん。清書をするという気持ちではなく、半ばは自分で創作をするという気持ちで、足りないと思うところは自由に書き足すんだよ。」
さよ子の態度にも眼の色にも、神妙な意気込みと歓びとが見えた。それが却っておれには不安になった。暫く考えてるうち、大事なことを思い当った。彼女は芸者の言葉など恐らく聞いたこともあるまい。芸者をダンサーに変えたらどうか。ダンサーの言葉なら、彼女がよく識ってる女編輯者の言葉と、大差なくごまかせるだろう。