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あるおんなのしゅき
或る女の手記
豊島 与志雄
「婦人倶楽部」1920(大正9)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,447 字 · 37 页
彼の頭は恐ろしいほど鋭い一面があると共に、何処か足りない――というより狂人じみた点もあった。それで和尚さんは可なり心配されて、人格の修業をするように常々説き聞かせられていた。所が二十二歳になった一昨年の秋頃から、彼は深い煩悶に囚えられたらしかった。(和尚さんは、私のことは少しも知っていられないのであった。)そしてるうちに、昨年の夏以来、彼はちょいちょい酒を飲むようになった。一晩他処に泊って来ることもあったそうだ。和尚さんは厳重な叱責を加えられた。その時彼は断然行いを改めると誓った。そしてこれからは庭の掃除なんかも、寺男の手をかりないで自分でやると云い出した。和尚さんは大変喜ばれた。彼の行いも実際見違えるほどよくなった。それがずっと続いた。所が一咋日の晩、夜遅く帰って来て、自分の室で一人泣いていたそうである。和尚さんはよそながら注意していられた。すると、その夜から彼の姿が見えなくなった。白の平素着をぬぎ捨てて、普通の着物を着て出て行ったのである。なお種々調べてみると、お寺にあった現金七十何円かが無くなっていた。他には何等の変りもなく、書いた物もないので、屹度金を盗んで逃げ出したものと和尚さんは思われた。