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あるおんなのしゅき

或る女の手記

豊島 与志雄

「婦人倶楽部」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,447 字 · 37 页

青空文庫

それをお互に不思議とも思わないかのように、私達はいつも微笑み会った。

そういうことが、十月十一月と、二月ばかり続いた。お寺の前を通るのが私に嬉しいのは、清らかなお寺の庭のせいであるか、お坊さんの親しい笑顔のせいであるか、もはや分らないくらいに私の心はなっていた。

けれどもそれは、愛というようなものではなかった。私はまだ十六で、異性に対する本当の感じは少しも知らなかった。兄さんの若いお友達の方などから、随分と露骨にひやかされても、ただ極り悪いという感じ以外には、何の気持ちも起らなかった。兄さんのお友達のうちには、私が憧れの目を以て眺めた人がないでもなかったのだけれど、それも私自身の美しい女のお友達に対する気持ちに比べると、非常に淡いものに過ぎなかった。そしてあのお坊さんに対する私の気持ちは、兄さんのお友達に対する気持ちよりも、更にずっと淡いものであった。ただ、なつかしい叔父さんといったようなものだった。そうでなければ、最初の恥しい思いのすぐ翌日から、あんなに心安く微笑みを返せるわけはない、毎日何の気もなく微笑み合えるわけはない。

楓の葉が紅く色づいて、次にはらはらと散る頃になっても、私はお坊さんと大抵毎日のように顔を合していた。