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あるおんなのしゅき

或る女の手記

豊島 与志雄

「婦人倶楽部」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,447 字 · 37 页

青空文庫

なぜ理由を云って下さらなかったのかと、怨めしい気もした。お坊さんの身分だからと思い直してもみた。そして深い淋しさが、悲しさが、私の心にしみ込んでいった。お寺の前を通るのがつらいような心地もした。通る時には、御門の中を覗くまいとつとめた。でも覗かないではおられなかった。そしては猶更悲しくなるのであった。

そのうちに、私には学期試験がやってきたし、ついで冬休みとなり、またお正月となった。そしてお坊さんのことは、忘れるともなく忘れていった。兄さんは学生のうちから、かねてお約束の義姉さんと結婚なされ、大学を出るとすぐ会社に勤めてはいられたけれど、まだ学生時代とそっくりの気持ちを失わないでいられたためか、大学生のお友達なんかも沢山あって、正月には歌留多会やなんかで、家の中が非常に賑やかになった。ずっと年下な私は、いつまでも子供扱いにされてるのに甘えて、家の中で勝手に騒ぎ廻った。

松の内が夢のように過ぎて、また学校が初まった時、私は又お寺の前を通るのが、一寸恐いような気がした。なぜだかは自分でも分らなかった。そして御門から中をちらりと見やっただけで、足早に通り過ぎた。