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あるおんなのしゅき

或る女の手記

豊島 与志雄

「婦人倶楽部」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,447 字 · 37 页

青空文庫

ただ陰欝な顔であったこと、顔と頭と全体で私を見つめていたこと、それだけを覚えている。

その四五日、私は彼の姿を見なかった。所が或る日、檜葉の茂みに隠れて私の方を眺めてる彼を、通りがかりに見出したのであった。それから後は、私の方でも注意し初めた。すると、植込の影や、石牌や築山の影などから、私の方を窺ってる彼の姿を、度々見出すようになった。それを見出さなくても、何処からかじっと覗かれてるような気がした。私はお寺の前を通るのが、非常に気味悪くなった。

五月の初めだったと思う。私が学校の往きに通りかかると、彼は箒を手にして、而も別に庭を掃くような様子もなく、御門のすぐ向うの石畳に、ぼんやり立っていた。私は喫驚したが、物影から覗かれるよりはまだよかった。所がその日学校の帰りにも、やはり同じ姿勢の彼を見出したのであった。その時、彼の顔が非常に蒼ざめてること、彼の白い着物が薄黒く汚れてることに、私は気付いた。彼は私をじっと眺めたきり、かすかな微笑みも見せなかった。私はしいて何気ない風を装いながら、少し足を早めて通りすぎた。

今考えると、私は馬鹿だったのだ、何にも知らなかったのだ!