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あるおんなのしゅき

或る女の手記

豊島 与志雄

「婦人倶楽部」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,447 字 · 37 页

青空文庫

其後私がお寺の前を通る毎に、箒を手にしてる彼の姿が、いつも御門の中に見えるようになった。彼は私の方を髪の毛一筋動かさないで、石のように固くなって見つめるのであった。その白い平素着は、薄黒く汚れている上に皺くちゃになっていた。顔は真蒼に艶を失って、頬がげっそりこけていた。髪の毛も五分刈位に伸び乱れて、薄ら寒い髯が生えてることが多かった。髯を剃った時には、頬のこけているのがなお目立って、一層悄衰の様子に思われた。そして落ち凹んだ眼の中に、黒ずんだ鋭い光りがあった。

私はその眼の光りに、いつも脅かされた。或る時、彼が門の外に出て来てるのを見ると、私はもうその前を通れないような気がした。眼をじっと伏せたまま通りかかると、足が自然に小走りになってしまった。そして後ろを振り返る勇気もなかった。

その頃から、私はなるべくお寺の前を通らないようにした。けれども、そうするには遠い廻り道をしなければならなかった。朝少し遅くなった時なんかには、余儀なくお寺の前を通っていった。するといつも彼が立っていた。また学校の帰りにも、少し時間が早かったり遅かったりする時には、お寺の前を通っていった。