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あるおんな
或る女
有島 武郎
2(後編)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,655 字 · 406 页
葉子にはそれが恨めしくも憎くもなかった。ただ何となく親身な切なさが自分の胸にもこみ上げて来た。
「悪く取るどころですか。世の中の人が一人でもあなたのような心持ちで見てくれたら、わたしはその前に泣きながら頭を下げてありがとうございますという事でしょうよ。これまでのあなたのお心尽くしでわたしはもう充分。またいつか御恩返しのできる事もありましょう。……それではこれで御免くださいまし。お妹御にもどうか着物のお礼をくれぐれもよろしく」
少し泣き声になってそういいながら、葉子は女将とその妹分にあたるという人に礼心に置いて行こうとする米国製の二つの手携げをしまいこんだ違い棚をちょっと見やってそのまま座を立った。
雨風のために夜はにぎやかな往来もさすがに人通りが絶え絶えだった。車に乗ろうとして空を見上げると、雲はそう濃くはかかっていないと見えて、新月の光がおぼろに空を明るくしている中をあらし模様の雲が恐ろしい勢いで走っていた。部屋の中の暖かさに引きかえて、湿気を充分に含んだ風は裾前をあおってぞくぞくと膚に逼った。ばたばたと風になぶられる前幌を車夫がかけようとしているすきから、女将がみずみずしい丸髷を雨にも風にも思うまま打たせながら、女中のさしかざそうとする雨傘の陰に隠れようともせず、何か車夫にいい聞かせているのが大事らしく