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あるひ

或る日

宮本 百合子

「愛国婦人」1925(大正14)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,119 字 · 21 页

青空文庫

「国は何処?」

彼女は、優しく前髪を傾けて答えた。

「越後でございます」

「東京には、其じゃあ、親類でもあるの?」

娘は、唇をすぼめ、悩ましそうに一寸肩をゆすった。

「――親戚はございませんですが……」

黒目がちの瞳で顔をじっと見られ、さほ子は娘の境遇を忽ち推察した。

「じゃあ、友達のところにいるの?」

「――はあ」

給料のことも簡単に定ると、彼女は娘を待たせて良人のところに行った。

彼女は亢奮した顔で良人に囁いた。

「まるでお嬢様よ。変に可愛いの」

彼は眩ゆいように眼をちらつかせた。

「――働けそうかな」

「大丈夫よ。家の事は子供の時からしているんですって。手は確に働いたことがある手だわ。――いいでしょう?」

「さあ……いて見なければ判らないが」

「兎に角暫くでもいいわ。其に、若しこの後誰も来ないと大変だから、ね」

千代は、いると定ると、牛込の宿に行って荷物を取って来た。大きくもない風呂敷包み一つが、美しいその娘の全財産であるらしかった。三畳の小部屋に其を片づけて仕舞うと、彼女は立って台所に来た。

さほ子はメリケン粉をこねながら、千代が、来た時と同じ華やかなメリンス羽織を着ているのを認めた。