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とびらのかなたへ
扉の彼方へ
岡本 かの子
「新女苑」1938(昭和13)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,155 字 · 17 页
その時良人はちょっと手を上げて私を呼び止め、微笑しながら云いました。
「あなたを大切にして上げる気持ち、判ってるでしょうね」
私は、さきにも云いました通り、夫の言葉を全部善意に解して、何を誤解などしようかと、その時も何の気も付かずにいましたが、なるほどあとで考えれば、相手に嫌われてるのではないかと、まだ相手は心に打ち解けられないものを持っているのではあるまいかなど、随分疑ってもよい、良人の仕打ちでないことはありませんのです。私がずっと年下の後添いの妻であるだけに、それが一層あってよい筈でした。
ここでちょっと、私と只今の良人との結婚の事情を説明して、お話しますが、良人はもと私の父に使われていたある種の科学研究所の助手で、父と何か意見の衝突があって、学問は思いとどまり、自分で事業を経営して見たがうまく行かず、一度外国へ立退いて帰ってから一廉の事業企劃家になったのだそうです。良人は四十も過ぎているし、私はやっと二十二の春を迎えた許りですし、誰が見ても順当に運んだ新郎新婦とは受取りますまい。良人が父の助手時代は、私はまったくこどもで、良人の動静については殆ど知りませず、年頃になってから、正月と盆にだけ私の実家へ挨拶に来る紳士があって、それが今の良人であったのですが、ただ普通に義理堅い父の旧弟子の一人と思っていた