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てがみ
手紙
久生 十蘭
「小説と読物」1949(昭和24)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,158 字 · 30 页
それは鱶に追われた鰊の大群が、恐ろしさのあまり、海の上に十尺も盛りあがりながら、動いて来る光景なのでしたが、間もなくその土堤は舟に衝突し、滝のように鰊がドッと舟の中へ流れこんできました。中には、高く飛んで檣へ貼りつくのもあります。私は、沈む沈むといいながら、夢中になってアカ桶で鰊をかいだしました。村上さんは寝たまま、大きな眼を開いて私のすることを見ていましたが、つぎつぎになだれこむ鰊の重さで船はわけなく沈み、二人は鰊の中へ投げだされました。泳ぐこともどうすることもできず、鰊が腋の下や股の間へ顔をつっこむので、たいへん苦しみました。
舟が沈むと、隠れ場がなくなったので、鰊の群は二つの銀色の川のようになって舟から離れて行き、ようやく泳げるようになったので、あたりを見ますと、村上さんは沈んだ舟のアウト・レッガー(支架)にすがっていました。私が村上さんのほうへ泳ぎだしたとき、鰊を追いながら浅く泳いで来た鱶の一匹が、ヤスリのような鮫皮で私の脛をこすっていきましたので、そこがベロリと赤むけになってしまいました。
私は反対のほうへ逃げましたが、よほど泳いでから気がついて、村上さんのほうへ戻りかけたとき、べつな一匹が私の眼の前をすりぬけて行き、右へ右へと大きな円をかきながら、ゆっくりと村上さんのまわりをまわりはじめまし