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ぎじゅつのてつがく

技術の哲学

戸坂 潤

「技術の哲学」時潮社、1933(昭和8)年12月13日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,443 字 · 164 页

青空文庫

道具と機械との本質的な区別連関も亦歴史的・社会科学的にしか与えられない。作業機なるこの機械部分は大体に於て手工業者又はマニュファクチュア労働者の使用した道具が新しい体系の下に再現したものである。「本来の道具が人間から機構へまで移行すると、単なる道具の代りに機械が現われる」(同上三一八頁)。

ブルジョア・イデオローグの機械の「定義」は甚だ形式的であり抽象的である。「機械とは抵抗物体の結合であって、この各物体がその機械的自然力を介して一定の運動を作用するように仕組まれたものを云う」(Reuleaux, Mechanik, Bd. ※(ローマ数字1、1-13-21))。「機械とは形態ある物質が自然法則に従って、予定された運動をすることによって、物質に一定の形態、性質又は運動を有たせうるように、配列された処の統一物である」(Dessauer 前掲書一七六―七頁)、等々。

技術学の第一の対象であった機械自身が、決して単なる自然科学的範疇のものではなく社会科学的範疇にぞくする。客観的存在様式に於ける技術――それこそ本来の技術である――は技術学の対象であるが、その技術学が自然科学の応用(?)であるに拘らず、否それであるが故に、経済学的・社会学的・政治学的・本質のものなのでなければならぬ。